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29 settembre むさしの湯
秋雨や親子戯る露天風呂
秋雨の波紋重なる壷中の湯
我が家から歩いて7,8分のところにスーパー銭湯「むさしの湯」が在る。銭湯といってもれっきとしたナトリウム系の温泉である。
昨夜からの雨、今朝は寒いくらいだ。九州帰省でしばらく行っていなかったこともあり早速開店早々の朝風呂を楽しんだ。
露天風呂の方に行くとまだ2,3才くらいの男の子がお父さんにだっこされながらながら湯船の中ではしゃいでいた。若いお父さんは今日は非番の日なのかな、折角の楽しみにしていた休みも雨、それではとお風呂にきたのかな・・。
そんなことを想像しながら自分は端にある壷の湯に一人浸かった。そのうち孫も吾が朝風呂に付き合ってくれるかな。親子の姿を見ながらそんな日が来ることを願った。秋雨が作る壷の湯の波紋の重なりが美しい。 28 settembre 蒼き夕川辺の風に虫の鳴く
蒼き夕 川辺の風に虫の鳴く
九月二日の句である。夕焼け日没の後、しばらく再び蒼く輝きを増した空を「蒼き夕」と表現したが、是は北欧では「ブルーモーメント」と言うことを知った。
北欧にいったばかりのところに北欧紀行のTV番組が昼時放映されるというので懐かしく食い入るように見たのだが、そこで紹介されたのがこの言葉でありこの光景。
日本では決して珍しいことではなく、日の出日の入りが大好きな悠遊はちょいちょいお目にかかっている。
が、いざ写真となるとバカチョン撮影ではなかなか見事な青空は出ない。実際はもっと見事な蒼き夕なのだが、たまたま撮ったそれらを下に載せる。
ブルーモーメント:夕方時間帯に辺り一面が青い光に照らされて見える現象。夕焼けが日没前後に見られるのに対してブルーモーメントは青く日没後の短い時間しか見ることが出来ない。やがて宵闇が訪れる。 川背海腹 今夜は一週間ぶりの我が家での食事。(お昼に故郷から帰ってきた)
オカズは鮎の塩焼き!もちろん日田の心友将門さんから頂いたおみやげだ。
冷凍の品を解凍したのだが味は全然落ちておらず再び美味しく食べることが出来た。
食事中、盛り付け方が話題になった。25日の写真を見て違和感を覚えた読者も
いたかと思うが、「川背海腹」の言葉があるように川魚の場合は食べる方から見て
左頭で背が手前が正式な盛り付け方だそうだ。理由は川魚と海魚とを区別する
為だとか、川魚は背が手前の方が川を昇る様を表すからだとか諸説があるらしい。
いつのまにか、海の魚と同じ盛り付けが一般的になったそうだが、食通でもグルメ
でもない悠遊にはどちらでも構わない、今夜も美味しく頂いた。 27 settembre 秋、筑後川日の出日の入り26 settembre 大宰府吟行
天神の鳥居吹き抜け秋の風
秋風にびくとも動かず楠大樹
年尾句碑礎の池亀の動かざる
境内のあまた石碑落ち葉敷き
宮参り往きより還りの涼新た
大宰府吟行と洒落込んだものの、天神の杜は青々とした木々が多くまだ紅葉には程遠い。結局唯一、秋を実感させたのは終始そよいでくれた秋の風の涼しさだった。 露川原かき分け鮎の網揚げに 未明まで激しく降り続いた雨も幸い今朝方5時過ぎには小雨程度になっていた。
あわや寝過ごすところだったが起きて二階の部屋から一階の居間に下りたら将門
さんが丁度網揚げに行く準備を終えたところであった。
「昨夜の雨が上流でも降っていたら増水していて網揚げは難しいかも・・」
ということであったが、幸い現地に到着したらさほどの増水はしていなかった。
防水スーツで身を固め、朝露を払いながら将門さんは川原から流れが速くなっている
水の中に。何度か急流に脚を取られそうになったが何とか無事に網上げ完了。
結構いい形の落ち鮎が7,8匹水揚げされてきた。
日頃は10~20匹は獲れているそうだがこの条件下では良しとしようと言うことだった。
いつも何十匹と取ってある大ベテラン先輩漁師でさえも今朝はそんな程度だったそうだ。
残念ながら大漁場面には遭遇しなかったが見学者としては大満足の今回の見学であった。
朝食すませ久留米に帰る折、私の分だけでなくジュウゲモンの分までストックされていた
鮎のおみやげを頂いた。将門さん、毎回有難う。
25 settembre さび鮎の黄金の如く焼かれけりさび鮎の 黄金の如く焼かれけり
日田の心友、将門さんのところ(そば宿かわせみ)に出かけた。どんより雲模様だったので午後遅くに出発した。そば宿かわせみに到着したのは夕方五時過ぎだった。
当初の目的は九重まで脚を伸ばしてのスケッチの旅だったのだが、今回の目的は彼のこの時季の年中毎日行事、鮎取りの網仕掛けを見学するということに相成った。
もちろん見るだけでは気がすまない。彼の宿に泊まることにした。お目当ては美味しい天然の鮎を肴にした秋の夕べの宴。今朝獲れたばかりの一尺に迫る、まるまると成長した見事なさび鮎(落ち鮎)は焼かれると黄金色に輝やいた。しかも子持ちの鮎(雌)だったので味は格別であった。久し振りの将門さん夫婦との宴は夜遅くまで続いた。
さてさて今日夕方仕掛けた網には何匹の落ち鮎が掛かっていることやら。明日の朝が楽しみだ。(深夜、雷そして雨のそば宿かわせみにて) 23 settembre 久し振り母と叔母との墓参り久し振り 母と叔母との墓参り
昨夜亡き母方の叔母の家でお世話になったが、今日、母(継母)と亡父母の墓参りすることを話したら「ぜひ私も一緒に連れていって」ということになった。
今朝車で一緒に叔母宅を出て、途中ホーム暮らしの母を同乗させ、久しぶりに三人での墓参りとなった。
といっても菩提寺のお墓は納骨堂の中(仏壇)。母も叔母も共に八十を過ぎ足腰が悪いので、残念ながら 納骨堂の佛前(二階)までは上がれない。入り口で待ってもらい、自分が二人の分も加えて亡き父母の冥福 を祈った。(墓石の前での墓参りに比してなんと味気ないことか・・)
記念に二人の写真を撮ってあげての帰り路、お店に立ち寄り昼食を共にした。叔母が亡き母が若かった頃 のこと、そして親父と今の母を見合いさせた時のことなど、わざと可笑しく話しをしてくれた。
今は叔母一人しか亡母方の兄弟姉妹はいない。亡き母のことを偲ぶと共に、今の母同様、せいぜい唯一の 叔母の孝行もしなくてはとの思いも強くした秋彼岸中日のひと時だった。 漱石を偲びし道の糊空木漱石を 偲びし道の糊空木
昨日は水明荘の一茶句碑を訪ねた後、その足で高良山から発心公園までのドライブを楽しんだ。
このルートは明治三十年三月、夏目漱石が三十歳、熊本五高教授だったとき久留米を訪れた際に歩いたコースで「漱石の道」と呼ばれている。そのとき十の句を作ったが、うち五つの句碑が道の脇に建立されているという。(水明荘管理人の話)
秋晴れの筑後平野の絶景を見るのが当初の目的だったがこれらの句碑を確かめることも目的に追加した。残念ながら車だった故三つの句碑しか見つけられなかった。次のチャンスには漱石が歩いたように全長十四キロのこのコースを脚で歩き全五つの句碑をしっかり確認したいものだ。
道すがらやたら目に付いたのが一見額紫陽花かと見間違う糊空木(のりうつぎ)の花だった。
菜の花の遥かに黄なり筑後川 (漱石) 22 settembre 吾が郷にも一茶の句碑あり紅葉谷
吾が郷にも 一茶の句碑あり紅葉谷
先月柏原の一茶記念館を訪れたとき全国県別一茶句碑一覧を手に入れた。当然長野県を中心に数多くの句碑が建立されているが九州では僅かに一つ、それもわが故郷久留米に在ることを知り驚いた。
句は御馴染みの有名な「やせ蛙負けるな一茶ここにあり」。全国でも二、三あるだけ。その場所で作句したと言われている長野県小布施岩松院にこの句碑があることは当然だが、なぜ久留米に?謎を解くべく、今朝一覧に記してあった久留米水明荘という場所を訪ねた。
水明荘はブリジストン創設者石橋正二郎氏の別荘。非公開だったが趣旨をお話して管理人の方に句碑のある庭園に案内して頂いた。文字はかろうじて判読できるまさにやせ蛙の句。石碑はかなり古い。
管理人の方も詳細はわからないとのことだったが、あの石橋正二郎氏がなぜこの句の古い石碑をここに建立されたのか、あるいはどこからか手に入れて持ってこられたのか・・、謎は解けなかったが想像するだけで興味深かった。
ところで何の縁か久留米はわが郷、そして実は小布施は家人の郷である。こんなことで共通項を見つけたことも可笑しい。 21 settembre 故郷や竹馬の友と虫と飲み故郷や 竹馬の友と虫と飲み
竹馬の友に電話した。「今帰って来たとこたい。行ってよかか」「えーっ、帰ってきたと?もちろんよかよ」ということで、一ヶ月半ぶりに戻ってきた故郷で竹馬の友と再会。
やっぱり故郷は遠きに在りて思うばかりでは我慢できない。久し振りの吾が心友ジュウゲモンとの宴は夕餉には少々早かったが会うやいなや、早速に始まった。
毎度のことで話題は絵のことばかり。ブログを始めた本当のきっかけは吾が故郷宮の陣の昔、そして今の写真、絵を集めることだといったら、「じゃあこの絵上げるよ」と相変わらずジュウゲモンは気前がいい。
「ほんとにいいのか?嬉しいね。宮の陣橋じゃなかか。いい絵だ。早速ブログフォトアルバムにアップするよ」と約束した。
やがて秋の虫も鳴きだした。宴はまさにこれからだ。 (関連記事:七月二十日記事) 20 settembre 北欧追想記を終えるに当たって 9月14日(帰国翌日)から連載してきました北欧追想記は本日を持って終了します。
今回の10日間の北欧ツアーは、4カ国といえども実質ノルウエーの旅だったという印象です。
日付け順にではなく思い出深い順に7回に亘って記してきました。
1.フィヨルドクルーズ(9月9日ゲイランゲルフィヨルド、9月10日ソグネフィヨルド)
2.氷河(9月9日ブリクスダール氷河、ボーヤ氷河)
3.木造教会と叢葺き小屋(9月8日ロム・スターブ教会)
4.人魚姫の像(9月11日コペンハーゲン)
5.ムンクとヴィーゲラン(9月7日オスロ・国立美術館、フログネル公園)
6.フロム鉄道(9月10日フロム-ミュルダール)
7.ベルゲンの町(9月11日ベルゲン・ブリッケン地区)
本当は各記事とも写真ではなくスケッチで飾りたかったのですがツアーの中での時間・能力不足で
写真に頼らざるを得ませんでした。結果的にはその方が良かったかなと思ってます。ブログ記事
としてアップした写真以外にも数多くの写真をフォトアルバム(ブログ関連、関連外)に収めていま
すのでそちらも鑑賞していただければ幸いです。
最後になりましたが、この間訪問、コメントいただいた方々にはお礼申し上げます。大変励みになりました。
明日からは追想ではなくその日の出来事をアップして行きます。引き続き訪問、そしてコメントを残して
いただければ幸いです。
悠遊 秋高し見下ろす町並み彩めけり
秋高し見下ろす町並み 彩めけり
ノルウエー・ベルゲンは、実は一年の中で三百日は雨という多雨地帯だそうだ。なのに我々一行は前日までの雨を追っ払い、朝から何と快晴に。標高三百二十メートルのフロイエン山から見下ろすベルゲンの美しい町並みは当に絶景だった。
十二~三世紀まではノルウエーの首都として、また十九世紀までは北欧最大の都市だったベルゲン。今もなお町全体が明るく活気に溢れている。ブリッケンにはかってのドイツ・ハンザ商人たちの事務所、居住した家(何と木造長屋!)が残っており世界文化遺産に登録されている。港に面した広場ではずらりと屋台が並んだ魚市場が賑わっていた。
フィヨルドそして大氷河と大自然の壮大さとは対比的に、北の果てのこの地で商工業を営々と励んできたノルマン人(バイキング)たちの力強さに敬服した。
北の果てノルマン人の逞しさ |
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