Profilo di 悠遊悠遊四季歩帖(新版)FotoBlogElenchi Strumenti Guida

Blog


31 agosto

秋空と弾む間もなし夕立雲

 

秋空と                                弾む間もなし夕立雲

 

  八月三十一日、朝は曇っていた空も昼には晴れ上がり、午後見沼野散歩に出かけた。

 天高く筋雲、鱗雲、そして羊雲が処狭しと拡がるまさに秋景色、 蝉の声も少なくなってきたこの頃、夏終焉秋到来の感を一層強める。

 

ところが道半ば様相は一転、積雲が積乱雲と化し暗雲が風とともに北から押し寄せてきた。あれほどに天高く拡がっていた秋の雲はあれよあれよと言う間に掻き消されていく。

 

帰宅するとまもなく激しい雨。今もまだ雷雨が続いている。秋到来は泡沫の夢であったか。

 

 

 

「ちぎれ雲

  と思ふてゐしが初しぐれ」

             (珊々)

 (引用 俳誌「さわらび(猿渡青雨選)」)

 

30 agosto

田助西瓜

 ゴロゴロと転がす西瓜で孫転び

先日の信濃旅、帰りに寄った義兄宅で田助西瓜をおみやげに頂いた。自宅で計測したらなんと12.4キロ!                                                                                                                                        自分より重たくでっかい西瓜に孫は大喜び。西瓜を転ばすつもりが自分が転んでしまった。

28 agosto

新涼信濃路旅九句(8月26-27日)

 

 

 戸隠

 

戸隠の奥社目指すや涼新た   

 

神宿る杉の巨木や天を突く   

 

古参道脇の清水に白髭草

 

 

 

 飯綱                      

 

高原に吹く風白し蕎麦の花  

 

飯綱の空を拡げし鱗雲

 

旅疲れ赤葡萄酒で癒しけり

 

 

 

 柏原                      

 

旅に訪ふ一茶の里も秋気配

 

桔梗の迎えにけりな一茶堂

 

是がまあ一茶の墓か枯小菊

見沼野は今朝も夏雨して静か

 

見沼野は         今朝も夏雨して静か

 

昨日から降り続いていた雨も上がっていたので今朝もいつものように見沼野散歩にでかけた。

 

 夏はどこへ行ってしまったのか、しばらく雨が続いたせいか青野はしっとりとした落ち着きを見せてくれる。

 

途中小雨が再び降り出したが、昼間の夏雨とは違って静かで心地良い。

 

 

  「武蔵野を

 傾け呑まむ夏の雨」

    (三橋敏雄)

 

 「温泉泊まり

 今日は夏雨して静か」

    (星野立子)

  

 (引用 角川合本俳句歳時記第三版) 

 
23 agosto

美術館出でし庭隅白むくげ

 

美術館              出でし庭隅白むくげ

 

八月二二日、前々から思っていたコロー展を観に、久しぶりに上野の美術館に出かけた。

 

 開場早々だったのでゆったりと一つ一つの作品を味わうことができた。

 

謳い文句どおりの「光と追憶の変奏曲」、特に詩情溢れる風景画の数々には釘付けにされた。

 

十分に満足して館を出ると、庭の片隅に、入る時にはまったく気がつかなかった白槿の花が天高く咲き誇っていた。

 

 

 

「曲り屋の

 まがき槿の咲きみちて」

    (山口青邨)

       (引用 角川合本俳句歳時記第三版) 

22 agosto

見沼野早朝散歩四句

万緑の            見沼野日の出歳重ね

 

朝涼の             畠道嫗のご挨拶

 

芋の露             朝日を浴びてこぼれ落つ

 

烏瓜            花葉に隠れし小さな実

 

 

 

八月二二日、今朝は思い切り早起きして、久し振りに芝川の橋から見沼野のご来光を拝んだ。

 

早朝散歩は思わぬ出会い、発見があり楽しく清清しい。

 

今日この日でまた一つ歳を重ねたが、これまで健康で生きてこれたことに心から感謝。

見沼野に倒れし鬼灯手折りけり       

 

 

見沼野に            倒れし鬼灯手折りけり

 

昨夜の雨の後とあって、今朝の見沼たんぼは緑が鮮やかだ。

 

いつもの畠道は早朝にも拘らず同好の人たちがちらほら。すれ違いに交わす挨拶が気持ちいい。

 

夏草茂る畦道で横倒しになった鬼灯(ほおずき)の叢を見つけた。昨夜の激しい雷雨に打ちのめされたに違いない。

 

まだ彩り鮮やかな一枝を手折り我が家へのみやげとした。

 

 

 

萬緑叢中一点紅、

 動人春色不須多

 

  万緑叢中に紅一点あり、

  人を動かす春色は

  須く多かるべからず。

   

      (王安石)

20 agosto

母の足踏み五円玉端居かな

母の足                踏み五円玉端居かな

 

 故人を迎え送る盂蘭盆も終わったが、孫も音沙汰無くなった今頃になって亡き母のことを思い偲んでいる。きっかけは昨日の買い物での五円玉だ。

 

「五円玉はありますか」  

のレジのおばさんの声に小銭入れをあさったら日頃は存在感のない五円玉が二個も入っていた。幼年時代はお駄賃の五円玉をしっかり握り締めて駄菓子屋さんに走ったあの五円玉だ。

 

昔の五円玉も今の五円玉と全く変わらないので何とも言えず懐かしい。この五円玉で、長持ちするでっかい飴玉が一個買えた。

 

暑い夏の日は、お駄賃のこの五円玉を餌に北側にあった縁側で寝そべる母の足をよく踏まされた。母の気持ちよさそうな顔を今でもはっきり思い出す  

 

「夕端居

 うしろに母の匂ひして」

       (朔多恭)

      (引用 角川合本俳句歳時記第三版) 

16 agosto

初孫に家長も形無し盆集ひ

初孫に             家長も形無し盆集ひ

 

 

今日は送り盆、娘家族と姉弟家族が我が家に集まった。

 

例年だと家長たる爺が取り仕切り、しんみりと故人を偲ぶのだがこの日ばかりは違った。

 

主役は初孫、その可愛らしい一挙一動に大の大人七人が大はしゃぎする賑やかな一日だった。

 

家長たる我が心境は・・・。初孫に主役を奪われ形無しも、もちろん誰よりも終始嬉しくて堪らなかった。

 

 

 

 

  

「和を以って

 疲れ果てたる盆集ひ」

   (つくば市 潮田清)

  (引用 読売俳壇8・18)

「独り出て

 道眺めゐる盆の父」

   (伊藤通明) 

      (引用 角川合本俳句歳時記第三版) 

 

14 agosto

眠たさもふっ飛ばしけり朝の蝉

 

 

眠たさもふっ飛ばしけり朝の蝉

 

 今朝も目覚めは早く、用足した後いつものようにそのまま起きようかとも思ったが、珍しくまだ眠たくてまた床に戻りうつ伏せ大の字に寝なおした。

 

 気持ちよく再び眠りに落ちようとしたその瞬間、窓越しに一番蝉の甲高い鳴き声が耳を直撃した。

 

「ジーーッ、ジーー、ジーー、」

 

その後はいろんな蝉の大合唱。朝の蝉の声は涼しいのが相場のはずがまさに暑苦しい蝉時雨。

 

お陰で眠たさもふっ飛んでしまい、仕方なくいつものような日の出前の起床と相成りました。

 

 

 

「朝の蝉

 富士くれなゐの褪せゆけり」

      (水原秋櫻子) 

         (引用 角川合本俳句歳時記第三版) 

02 agosto

初孫や爺ばか発揮夏祭り

初孫や                           爺ばか発揮夏祭り

 

八月二日、今日は団地の夏祭り。娘親子が我が家に里帰りしてきた。久し振りに孫の顔が見れるので朝から浮き浮きしていたのだが、家に来たのは夕方四時過ぎだった。

 

 「ただいま~」

 

待ちに待った娘の声に玄関を開けるとそこには半月ぶりに見る可愛い孫の顔が。九州の実家にもっと居たかった気持ちを抑えて昨日帰ってきた甲斐があろうというものだ。

 

なんと孫がヨタヨタと歩いてくれるではないか!半月前はそれこそ一歩しか歩かなかったのに。

 

「ヒロ、えらい! 凄い凄い!」

 

恥ずかしながら爺は我を忘れてすっかり興奮してしまった。一歳半にやがて成ろう年月では、むしろ遅すぎる歩き始めなのに孫の一歩、二歩、否三歩、四歩、、否々五歩、六歩と歩く姿は、世界一愛らしく、頼もしく、そして立派に見えたのである。

 

 「笛太鼓

  甚平すがたの孫を追ひ」 

 

久し振りの親子三代揃っての楽しい宴が済んだ頃、夏祭りの会場である団地遊水地から賑やかな笛太鼓の音が聞こえてきた。 

 

孫が着替えた甚平姿がこれまた堪らない。回りの迷惑も顧みず、孫を祭りの会場で無理やり歩かせる爺の姿は、多いに家内と娘の顰蹙を買う羽目になってしまった。

01 agosto

途中下車友の個展で涼もらひ

途中下車友の個展で涼もらひ

 

平成二十年八月一日、九州帰省を終え埼玉に戻るのに飛行機で直帰ずるのは勿体無い、新幹線を、それも京都で途中下車をすることにした。理由は我が心の友であり絵の師でもあるM氏の個展を見たかったからである。

 

 久留米の実家を出たのは七時前。博多でのぞみに乗車、京都駅前のホテルで出迎えのM氏に十一時過ぎに会う。彼の車で洛西の某信金支店に、到着したのはお昼前だった。

 

 窓壁を利用したギャラリーに彼の絵は展示されていた。いずれも彼ならではの見る人を癒してくれる風景画ばかりの八点だ。小品ながら特に夏の奥入瀬の二点は気に入った。谷川のせせらぎ、そして小さな滝の作品だ。見ているだけで暑さを吹っ飛ばしてくれる。

 

「どちらか気に入った方を展示会が終わったら進呈するよ」

 

との嬉しい言葉に感激、益々涼感を覚えた。有り難きかな、わが心の友。 鑑賞を終えると自宅がすぐ近くなので寄ってくれとのこと。

 

遠慮なくお伺いすると家の壁という壁に彼の大小さまざまな作品が掲げてある。人に見せる為ではなく自分の作品を振り返り精進する為だそうだ。また彼のアトリエも拝見させて頂いた。多いに絵心の刺激を受けた真夏の白昼三時間の、有意義な途中下車だった。