| Profilo di 悠遊悠遊四季歩帖(新版)FotoBlogElenchi | Guida |
|
|
28 febbraio 武蔵野の面影いずこ木株原 病院に薬を貰いに行きときしか利用しない道を久し振りに通った。
途中、急に空間が広がり大空が丸出しに見える。え~ッ、ここはこれまで背の高い大きな木々と竹藪で鬱蒼としていた
ところだ。いつの間にかきれいに、否無残に竹薮、木々は伐採され大きな根っこだけが残っている。それらの根っこを
起重機が唸りを揚げて掘り起こしていた。明らかに宅地にする為の整地工事である。遂にこんなでこぼこ斜面林まで
も宅地にしてしまうのか・・。
思えば、30年前、この団地に越して来たときは団地の周辺はあちこちに林があり、まさに武蔵野の風情があった。
それらの林も年々宅地になり家が立ち、いつの間にかその面影は全く無くなってしまった。
環境問題が叫ばれるなか、現実は厳しい。全く逆行した環境破壊がいまだ続いている。皮肉にも今や、この近辺で
はこの地(元沼地)を最初に環境破壊して造成された団地の中が一番木々が育ち、緑豊かな場所と化している。当の
団地住人としては遣る瀬ない気持ちだ。 27 febbraio 接客マナー 友人ブログでフィンランド人のサービスレベルの低さについての記事があった。
日本人の感覚からすれば堪らないらしい。その中に店での店員のお客様対応
が紹介されていた。全ての店がそうではないだろうが、とにかく必要最小限の
対応で相手の気持ちまで考えた余計なサービスは一切ないらしい。
だからと言って日本人の接客マナーは素晴らしいかと言えば決してそう思わない。
お客の気持ちをよくする振る舞いであるべきが、かえって逆効果になっている。
マクドに代表されるマニュアルどおりの対応はまだ許せるが、今一番気に障るのが
ブックオフに代表される、店内での大声でのあちこちの店員からの挨拶とお礼のことば。
一体誰に向かって言ってるのやら。当のお客の顔・目を見ないでやられるからたまらない。
もう一つがコンビニでつり銭を渡されるときに片方の手を受け取る掌の下に宛がわれる
ことだ。最近はコンビニだけではなくいろんな店でもやられてしまう。つり銭が落ちないよう
にとの気配りかもしれないが、受け取る側からするとそのスキンシップ?が妙に馴れ馴れ
しくて気持ちが悪い 。
これらのサービスを受けても全然気持ちはよくなく、耳障り、手障りなのだがそう感じるのは
自分だけだろうか・・。
15 febbraio 賀状人生その2賀状機に俳句仲間の増えにけり
30年以上前は仕事仲間だったが、いつしか賀状のやりとりだけになっていた友人から
の今年の年賀状に晴耕雨読の中、俳句を始めたとの一文があった。
先日、賀状の整理をした時、再度それが目にとまり、思い切って彼にもっと近況を教えて
との葉書を出した。出来れば俳句仲間として友人関係を復活させたいと思ったからである。
早速メールで返事がきた。俳句教室に通ってまだ1年だそうだが、早速教室仲間で卒業
句集をだした、その仲間と引き続き句会、吟行を継続しているとのことだった。想像してた
以上の熱心さに万年俳句もどきしか作れない自分が恥ずかしくなった。
これを機にせいぜい交流を深め俳句仲間としての刺激を受けたいものだ。
(句集の彼の10句から)
万緑や熱き夕日を包み込み 新涼や亡母の住まひし部屋広し 眺むれば山が教えてくれる秋 不揃いが味わい深き衣かつぎ 初暦俳句教室最終日
(蛇足)何と、出したはずの自分からの彼への賀状が今年は届かなかったとのことだった。 そんな馬鹿な・・、確かに出したはずが途中紛失してしまったのか・・? 賀状は来ずに徐の近況よこせの葉書に彼は面食らっただろうな。 よくぞ返事くださった。有り難きかな、心友(こころとも)。 12 febbraio 花粉症クシャミして今年も自然の輪廻知り
遂にやってきた。朝の風強い散歩道、クシャミを連発。
帰宅したら目はショボショボ、鼻はかみ続け。
昨年は最初の症状勃発は2月21日、今年は9日も早い。
今年は花粉の量も多いとの予報なので例年以上に悩まされそうだ。 09 febbraio 居酒屋人生居酒屋のカウンター席我が宇宙
今夜も考え事がしたくていつもの居酒屋にたち寄った。明後日は休日の月曜日、想像したとおり
客はゼロだった。5時過ぎたばかりのせいかもしれない。(結局2時間後帰るまでに追加の客はただ
一人だったから理由は前者のようだ)
30年前からこの居酒屋カウンターは自分にとっては限りなく発想が広がる宇宙空間である。
仕事で行き詰ったとき、悩んだとき、一人で決まってカウンターの端っこの席に座っては、ちびりちびり
お猪口を傾けながら思索に耽るのである。決まって何故かいいアイデアが閃くのである。今夜も嬉しい
かな、そうだった。客が一人もいないので、おもむろに顔をあげたらマスター(板前)と目が合い、暫し
楽しい会話をすることに。(先日はテーブル客の気まずい会話に早々に退散したのだが・・)
板前親爺さんは、実はこのチェーン店には20年前からのの大ベテラン、今のこの店は2年前からだそうだ。
カウンターの客とは必然的に一対一の対話になることが多く、この対話術が何とも言えず巧みなのである。
聞けばかってクラブのカウンターに通い続け、一流ホステスの客との接待、会話術を盗み学んだそうだ。
いい話を聞いた。最近、いたく一対一の対話の難しさを思い知らされており、感じる処大であった。
だからといってクラブに通う必要はなく、せいぜい、板前親爺との対話を楽しみたいものである。 06 febbraio 賀状の友・賀状人生賀状束温いもクールも入り混じり
その1.今頃になって年賀状を当選番号と照合したら、切手だが3枚当たっていた。いずれも心の友ばかり。
嬉しいではないか、その人柄に神はおまけをつけてくれた。
その2.会いたいとひとこと書き添えた賀状の相手から賀状が返ってきたが、表も裏も印刷文字。
会ってくれる意思があるのか無いのか分からない。むしろ返事くれなかったいま一人の方が
はっきりしていて分かりやすい。そうしてくれれば来年からは賀状は出さなくて済むのに・・。
ひとこと書き込みも良いようで難しい。
その3.その2に関連した出来事に遭遇した。先日の居酒屋でのことだ。
カウンターでひとり飲んでいたら後ろのテーブルからの二人連れの会話が聞こえてきた。
会社が倒産して離ればなれになっていたが久し振りに交わした賀状が縁で十数年ぶりに再会したようだ。
当時は仲のいい同僚同士だったらしい。おい、お前と最初は親しげに会話を交わしていたが微妙な空気が流れ始めた。
共に再就職して働いているようだが、今の二人の会社での境遇はえらく差がありそうだ。
酒が進むにつれ、一方が僻みからか絡み始め、気まずい雰囲気になってしまった。
当方も酒が不味くなり、居た堪れなくなって早々にその居酒屋を退散した。
(若し自分もその2.の相手が会おうといってきて会ったとしたら、どんな会い方になっていたのだろう・・・) |
|
|