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31 ottobre 秋寒きお風呂は熱湯酒は燗
秋寒き お風呂は熱湯酒は燗
今日は快晴の予報が外れ、朝から雲多く秋の涼しさ、冷ややかさを超えて寒さを感じる一日だった。 風邪でしばらくお風呂に入れなかったがその風邪もほぼ治ったので待ちに待ったすぐ近くのスーパー銭湯に。前にも書いたがここは天然温泉の露天風呂があり飲食も出来る、最高の癒しの場である。 これまでは温めの露天風呂に浸かり、湯上りはおつまみセット付き生ビールを飲むのが定番コースだったが、今日は湯冷めしそうなので秋寒(あきさむ)用のコースに変更。 先ずは露天風呂には入るのだがすぐさま室内の熱湯の湯槽に。いつもは数分で敬遠するサウナも十分近くじっくり汗を流す。湯上りはやっぱり先ずは生ビールだがお代わりはビールではなく燗の酒に。買ったばかりの俳句の雑誌のページを捲りながら手酌の杯を重ねる。お酒が無くなったところで仕上げはざるそば。
かくして移り行く季節を感じながらの昼時の小さな小さな至福の温泉(いでゆ)旅は終わりました。 30 ottobre 朝散歩孫顔見たくコース変え 朝散歩孫顔見たくコース変え
今日から仕事は来週始めまでお休み、ということでしばらくはゆっくり休養できる。
とはいうものの、昔から(子供の頃から)早起きでいつまでも布団の中で寝ておれない。
早速、7時前に仕事で出来なかった早朝散歩に。
今朝は、久し振りに(といってもまだ一週間も経っていないのだが)、孫の顔が見たく
なり途中で、いつものコースとは大きく外れるのだが新都心方面に向かった。
孫の家についたのが8時過ぎ。玄関のドアを開け、孫の名前を呼ぶと、トコトコと近づ
いて来た。暫し間が空いたもののニカッと笑ってくれた。よかった、爺の顔は忘れては
いなかった。一安心。
実は昨日の午前、託児所の幼児たちが先生に引率されて吾が団地のそばの公園に
散歩に来てたようで、偶然家人が通りかかり孫を見つけ、近寄って声かけたそうだ。
ところが婆の顔を見ても無表情で、他人を見るかの如く全く反応しなかったそうだ。
婆の嘆くことしきり・・。
というわけで、よもや爺の顔も忘れてはいまいかと心配になって今朝、早速朝の散歩
にかこつけて逢いにいった次第。爺の顔は忘れてはいなかった。流石、吾が孫。
朝飯前の散歩で長居は出来ず我が家に帰宅したのは9時を過ぎていたが、万歩計も
軽く1万歩は超えており、大満足の朝のひとときだった。
27 ottobre 早々の風邪で深まる秋を知り 早々の風邪で深まる秋を知り
治ったと思って会社勤めはしたものの、今季早々の風邪は
そうは簡単に問屋が卸さなかった。一日中、頭痛がしてだるかった。
驚いたことに週明けの今日の職場は自分だけではなかった。
何人かの人がやはり同じような症状の風邪を引いていた。
私同様、先週の夜の冷え込みに油断して寝冷えした人がいたようだ。
帰社してさいたまの我が家に近づいたらまたも冷たい秋の雨。
早々の風邪のせいで、余計に秋の深まり過ぎていくのを思い知らされた。
26 ottobre 風邪寝して秋の雨音寂しけり
風邪寝して 秋の雨音寂しけり
二、三日前から喉のイガイガ感が取れずにいたら案の上、今朝目が覚めたらだるい。今季早々に風邪を引いてしまったらしい。
喉のイガイガが始まると、どんなに用心しても確実に風邪を引いてしまう。一旦起きていつもの通り朝食を済ませたものの、微熱が下がらず、明日から仕事日でもあるので用心しておとなしくまた床に就くことに。
しばし休んで目を覚ますと外はまた雨が降り始めたようだ。秋の雨音はやけに寂しく聞こえてくる。
このまま臥していたのでは益々気が滅入りそうだ。幸い薬が効いたのか、だるさは今朝ほどではないので思い切って起きることにした。 25 ottobre もみじ手で母の手伝い落ち葉掃き
もみじ手で 母の手伝い落ち葉掃き
お昼前、手伝って欲しいとの娘の依頼で孫の住む住宅に出かけた。
入り口で出会った光景。多分2歳前後と思うが、小さな女の子が、お母さんと一緒にすぐそばの桜の落ち葉で一杯になった道路を掃き掃除していた。
それこそもみじのような可愛い小さな手で しっかり箒を持ってお母さんが持つごみ箱に掃き入れている。 何と微笑ましい光景。
娘宅でこの話しをしたら吾が孫の話しに及んだ。
掃除機でのお部屋の掃除が大好きだった孫は、最近は飽きたようで手伝わなくなったそうだ。
代わりにブロック遊びが大好きになったようで今日も組み立ててはぶっ壊すことを飽きもせずに繰り返していた。流石?男の子。 24 ottobre 秋雨や黄一列の登校児
秋雨や 黄一列の登校児
早朝からの秋の雨は冷たい。それを押しての朝の散歩はいつもの見沼野から団地周辺に変更。丁度小学生の登校風景に出会った。
先頭に六年生の女の子。従うは順次一年生からの児童たち。相変わらず、差している傘は皆黄色。一列で後方の年長児まで傘の高さは順次高くなる。
あまりにも整然と声も無く登校する姿を見てなぜか複雑な心境になった。
(追記)お昼過ぎ、近くのスーパー銭湯の帰り道。今度は低学年だろう、学校帰りの子供達に出会った。
止まない雨に傘は差しているものの、今朝の沈黙整然とした登校姿とは一変した三々五々とばらばらな光景。
塊になって賑やかにお喋りしながら帰っていく子供達の姿を見て、今度はほっとした気分になった。 22 ottobre 秋日和絵仲間駆けり大和旅 秋日和絵仲間駆けり大和旅
早、その旅を終えてから三日たったが漸く落ち着いて、久し振りに今そのときのことを書いている。
前々から計画して貰っていた絵仲間三人の大和方面へのスケッチ旅行、先日の17,18,19の三日間、
脱兎の如く駆け巡った。
17日 京都Mさん、さいたま悠遊
京都駅前に11時集合
一路奈良路長谷寺、室生寺
室生民宿むろお泊
18日 名古屋Ⅰさんと名張で合流、三人旅に
香落渓
曽禰高原
赤目四十八滝
ウエルネス大和路泊
19日 明日香
柳生の里
京都Mさん出品の絵画展に
16時京都駅にて解散
車だからなせる業、強行軍の三日間のスケッチ旅行はかくして終わった。いな、小生悠遊にとっては
遂に一回も絵筆を握らぬ観光旅行と相成った。
(まっ、いいか、旅行当日付けでアップしたとおり一応日々の俳句は作れたので吟行の旅ということで・・)
(名古屋の友、Ⅰさんは流石、その時のスケッチをブログにアップしておられます。1クリックをお願いします)
蛇足)三人旅はたとえ前日が豪雨でも当日はガラリと好転、快晴の旅が続いている。
今回もまさに天高し、秋日和の三日間であった。
19 ottobre 飛鳥柳生路飛鳥路 朝露の明日香の畝に牛二頭 柳生路 修行山一刀石に落ち葉かな 朴葉寿し頬張り一望里の秋 一刀石:柳生戸岩谷にある巨石で中央から真っ二つに割れている。 柳生石舟斎が天狗と思い一刀のもとに切り捨てた岩。(といわれている)
16 ottobre 仕事終え十六夜を背の家路かな
仕事終え 十六夜を背の家路かな
五年前、退職してからは悠々自適を決め込み第二の人生を数年過ごしていた。
その間に得られたものは大きいが、昨年から縁あって復職。
といっても週三日程度のアルバイトなのだが仕事と自適の二股人生を送っている。
仕事の日は自適日と違い心地よい緊張感がある。
そして仕事を終え家路につく時は何ともいえない充足感を感じる。
今夜は秋の冷ややかな夜だが、雲も無く十六夜(いざよい)の月が天空に煌々と輝いていた。
14 ottobre 夕餉後の話し弾むや渋皮煮
夕餉後の 話し弾むや渋皮煮
昨日、信州の義兄から秋の収穫物が届いた。栗に里芋、そしてさつま芋とジャガイモだ。千曲川の砂地がベースの小布施地域では、格別に美味しいイモ類がとれる。
今日は久し振りの仕事日だったので帰宅時は気持ちは充実していたが、お腹はぺこぺこ、すぐに夕食と相成った。
夕餉の飯は嬉しいかな、早速の炊き上がったばかりの栗ごはん。そしてほかほかの大好物のお芋の煮っ転がしだ。柔らかく粘りけのある里芋の味は小布施ならではのものだ。
大満足の食後、デザートにと今度は栗の渋皮煮が登場した。これまた甘さを抑えた栗の風味が堪らない。しばらく栗談義、芋談義で話しが弾んだ。
小布施の義兄、そして秋の味覚を夕餉に用意してくれた家人には心から感謝。 13 ottobre 秋深し孫ヘソ!合図に服捲くり 孫の記憶力には驚く。といっても1歳7ヶ月、知識経験の脳への吸収力の凄さは当たり前
のことだろうが、先日九州から帰省したとき(10月9日)の出来事だ。
早速孫の顔を見に出かけたのだが、あいにく機嫌が悪く母親が懸命にあやしているのだが
仰向けに寝そべったままギャーギャーと泣き止まない。
ふと帰省前に孫と戯れた仕種を思い出した。「ヘソ!」と服を捲くり臍を見せた。再び「ヘソ!」
と号令、合図したら孫も服をめくり嬉しそうに臍を見せてくれたのだ。
その時のことを思い出し、泣き叫ぶ孫に向かって大きな声で「ヘソ!」と合図したら、突如スクッと
立ち上がり、つなぎの服のお尻のボタンを苦労しながら外すとお腹の部分を捲くり上げ、臍を得意
満面に見せてくれた。そしてニカ~。’ニッコリ’では当たらない、まさに’ニカ~’なのだ。
それにしても良くぞ「ヘソ!」の合図を覚えていたものだ。爺の久し振りの来訪に愛嬌を振りまい
てくれたのか。爺に似て相当のニヤガリモン(お調子者)のようだ。
昨日出かけた帰り道、再び孫の顔を見に立ち寄ったところ、今度も機嫌が悪かった。よし、ここ
ぞとばかり伝家の宝刀、「ヘソ!」を連発したのだが、今回は意に反して全く反応してくれなかった。
記憶力も凄かったが厭きる力にも凄いものがある。
10 ottobre 白鷺の河鵜に邪魔さる霧の朝
白鷺の 河鵜に邪魔さる霧の朝
帰省していたので今朝は一週間ぶりの見沼野早朝散歩だ。当地名物の秋からかかり始める霧が棚引き気持ちがいい。
我が家から見沼野を流れる芝川の一番手前の橋までは歩いて二十分、気軽な散歩定番コースである。橋の上からの東西の景色は昨日の筑後巨瀬川鎮西橋からの景色と一見よく似ている。
但し日が昇る東方に山がない。都会を流れる小さな川なので仕方がないが山が無い代わりに西方にさいたま新都心の摩天楼がニョキニョキと聳え立っている。
そんな光景の小さな橋から眼下をみたら川瀬で白鷺が魚を狙って抜き足忍び脚で移動していた。
その長い首をグッと伸ばした瞬間、突如二羽の河鵜が下流から凄い速さで飛来、気の毒にも白鷺は朝餉の魚を取り損ない、あわててその場を飛び立った。 09 ottobre 団地中響かせにけり虫時雨
団地中 響かせにけり虫時雨
昨夕はふるさと筑後川原で、上弦の月を眺めながら虫の音を楽しんだが、今日は違った。
まもなく日も改まる深夜、さいたまの我が家の軒先(といえば風情あるが実は団地五階ベランダ)から月を眺め虫の音に聴き入った。
団地の棟と棟の間の叢で無く虫の音は五階では実に音響効果宜しく昨夕の川原の虫の音とは違って聞こえてくる。
さまざまな高低・大小の音が重なり上がってくる様は、さながら客席で虫の音の交響曲を聴いているようだ。
大部分が蟋蟀と思うが、ひときわ高く大きな声で鳴く蟋蟀の音はあたかも他の虫を従えるかの如く立派であった。
九夜月は西の木立の影に沈みかけようとしているが、まだまだ虫の音交響曲は続いている。 08 ottobre 寒露の朝、弦月の夕(関連:9月27日記事)07 ottobre また来んの見送る叔母と秋桜 昨夜から叔母宅にお世話になり今朝がた我が家に帰ってきた。
叔母の口癖は「泊まらんの」、そして「また来(こ)んの」。毎度のことだが
その有り難い言葉についつい甘えてしまう。
昨日は予告なしの突然の訪問だったのだが、 「泊まらんの」の言葉に
甘えて(内心そのつもりで行ったのだが・・)泊まることに。
用意周到、お土産はみえみえのワインと焼酎、刺身、そして食後の
デザートにとぶどうの巨峰。何のことはない、従兄弟とその息子と3人で
夜の大宴会と相成った。お土産だったはずがその大部分は自分の胃袋
に入ってしまった。叔母しゃん曰く、「よかよか」。
そして今朝、帰り際別れの挨拶をしたのにわざわざ叔母が玄関先まで
出てきた。お袋への傘寿の祝いと孫へのお土産をということで託けを手渡
された。
手を振り見送ってくれた叔母の傍らには秋桜(コスモス)の花が見事に
咲き誇っていた。ありがとう、叔母しゃん。
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